盆栽村に猫を見ず

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  細が通う盆栽教室の先生が、展覧会を開催しているので、細と連れ立って見にゆく。
 盆栽村の静かな道には、馬酔木が咲いていた。
 
 盆栽の美術館というのがあるのだ。
 盆栽は、中世から「盆山」BONSANといわれて、育まれた。展覧会は中世の、「盆山十徳」という漢詩の十句をよみがえらせる試みだった。
 
 「不尋見海浦」=尋ねずして海浦を見る、という句は
 
 海風で曲がったような、黒松の吹流しの盆栽と、脇の松の鉢の配置で海に面した巌が想像される作品になっていた。
 
 別に、行の間、草の間、真の間という部屋があって、それぞれ盆栽、掛軸、器で行、草、真の心というものを、表現している。
 
 華道、書道との類縁を感じさせる。盆栽も奥が深そうだ。
 
 感心しつつ、盆栽村の散策する。散歩で、猫探しをするクセがあるが、このあたりには、見かけない。盆栽に猫は禁物なのだろうな、と推測する。
 
 ちょうど、カバンに穎原退蔵の「俳句評釈・上」を入れて読み返していたところなので、猫の句を探してみる。
 
 猫逃げて梅ゆすりけり朧月  池西言水
 
 木に登ってゆする猫は、盆栽の大敵に違いない。
 
 猫の子に嗅れてゐるや蝸牛  椎本才麿
 
 子猫の好奇心も油断ならない。
 
 ましてや、春ともなれば、恋もする。 
 
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 両方に髭があるなり猫の恋 小西來山 
 
 恋ともなれば分別がない。