夜の野外劇で、最も印象にのこるもののひとつが、東京・日枝神社の「大田楽」。
平成5年10月下旬の平日の夜、下校した小学校低学年の長男を細に赤坂まで連れてきてもらい、山王鳥居の石段上からすこし下った辺りで、ロープの後ろから、行列があらわれるのを一緒に待ったのだった。
夜7時に反対側の赤坂鳥居を出発した能装束の一行は、神社をぐるりとまわって、山王鳥居にたどりつくと、「田主」の野村万蔵さんが、木々にかこまれた闇の中で、光にてらしだされながら、朗々と口上をのべた。
ゆったりとした動きの万蔵さんと対照的に、総勢50名の舞踏の集団は田楽笛、胴鼓の演奏にのって、足をはねあげながら、石段をあがっていった。
はじめて体験する不思議な野外の光景だった。
夜の境内に観客もうつり、靴を各自ビニール袋にいれて、すわって見物した。
王舞、三番叟、獅子舞。高足や鞠をつかった芸、軽業、散楽が、京劇、新劇の俳優もくわわってくりひろげられ、ひと時をあきずにたのしんだのだった。
「日本の芸能のもとでありながら、数百年前に忽然とその姿を消してしまった田楽(躍りや音楽、アクロバットなどを使った芸能)を、数年にわたって研究、よみがえらせ、それに現代的な音楽、西洋のリズム、動きを加えアレンジし、新たな形で野外劇として平成の世に作り上げた作品である」野村さんの意気込みがつたわってくる文章。
終演すると、急に寒くなってきて、氏子さんたちの提供する露店のおでん、だったかを、ホクホクとほおばったのをおぼえている。
今も、万之丞さんの遺志をついで、大田楽は各地でおこなわれているようだが、みる機会をi逸している。
万之丞さんが元気なら、マスクロードとよんでいた仮面劇のほうも大きく展開していただろう。