きつね火でなく利根川のアオサギだった話

 前に書いた釣りの随筆家、佐藤垢石「狸の入院」で感心したのは、利根川中流アオサギの話だ。
 
 学生時代から鉄砲撃ちとして知られた垢石は、地元の老人に、夜な夜な人魂がでるのは、キツネの仕業に違いないから退治してほしいと依頼された。
 
 垢石が幾夜もかけて見つけた暗闇の中の光は、人魂でもキツネでもなく、2羽のアオサギだった。
浅い水中へ長い脚を半ば入れて立ち、ときどき水中へ嘴を入れて水を含み、その嘴を胸毛のなかへ差し入れて吐くと、胸毛から水が二滴、三滴づつ、したたり落ちる。その水滴が、水面に達すると、水面がぼうと明るくなるのである」
「あとで野鳥研究家にきいた話であるが、鷺には胸毛の肌毛にやわらかい短い毛があって、その毛根から脂肪分泌し、これを水滴に注ぐと光りを発するものであるさうだ。鷺は、胸毛に水を注いではこれを水面に落とし、水面に光りを生ずるとあたりの小魚が集まってくる。そこを長い嘴で、ぱくりとやるのであるといふ
  群馬県の高崎近くの情景だ。おそらく明治の後半ごろか。ぼうと光るわずかな明るさがしれるほど、まわりは真っ暗闇だったのだろう。アオサギの智恵とともに、手付かずの自然が残る利根川が浮かび上がってくる。
 
 利根川沿いの野田市の市長と話をする機会があったとき、鳥の話になり、市長は泥だらけになって過ごした子どものころの利根川の豊かな自然を熱っぽく語った。あの頃の環境を次の世代も味わって欲しいとも。
 同市には、ミサゴ、オオタカ、ハイイロチュウヒと鷹も多いので、僕は前から感心していた。市長は、冬も水田に水を湛え、コウノトリが繁殖する昔の環境を取り戻したいと言っていたが、コウノトリ2羽を動物園から譲り受けて、ヒナも育てているのだった。関東平野に、特別天然記念物が舞う日が来るかもしれない、