長岡花火で思ったこと

  知人にさそわれて、長岡花火をたのしんできた。スケールにおどろいた。フェニックスという花火は、信濃川に沿って、光のドームが出来あがる。高々と打ち上げられた正三尺玉は、天空で開花し、こちらに、光が降りそそいでくる。
 
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 平日であろうと、長岡空襲の慰霊として8月2、3日に行われる。「爆弾」から「花火」へ, 同じ火薬を用いて別の物に変換する、終戦直後の哲学が今も受け継がれている。開催されていた山下清展のポスターもこんなだった。
 
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 音が腹にひびく。
 
 川頭佳世子さんの「心そして愛」という亡き夫への思いをつづった本を思い出した。海軍士官として戦艦榛名でミッドウエイ海戦に臨み、無事生還したご主人は戦後、旅行、ゴルフと奥さんと楽しんだが、花火だけはきらった。
 
「私は花火が好きで、夏に箱根に行くと花火を見られますから楽しみだったのですが、主人は花火が嫌いでした。海戦のときを思い出すのだそうです。戦争に行かれた方から同じようなことをよく聞きますから、やはり戦争というものは、人の心を傷つけるむごいものだと思います」
 
 同じ原料だから、花火の音は砲弾とかわらない。戦にいったもの、空襲をうけたものには、花火に対し、僕らにはわからない別の思いがあったのだ。
  
 フィナーレの尺球100連発の後、対岸の花火師をたたえる為、ペンライトで皆は合図を送る。僕は、ペンライトを用意していなかったので、スマートフォンの光を対岸にかざした。
 
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やみくもに、スマホで写真をとったら、鳥のような花火がうつっていた。
 
 
 
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