
ネコは片足で体をかくのが普通のことだけど、空をとびながら、片足で体をかく、鳥がいるという。18世紀のギルバート・ホワイトは「セルボーン博物誌」でかいている。ホントなのだろうか。
「高らかな鳴き声もろとも、あおむけにのけぞり、あわや地上へ落ちてしまうかと危ぶまれるような動作を、屡々くりかえす。この奇妙なしぐさに身をゆだねるときは、片足で躯をひきかいているのであり、ために重心が失われるのです」
空中で体をかき、地上におちそうになると、かくのをやめて、バランスを確保する。また、「彼等は、なにかこう戯れに喧嘩ごっこをやっているような恰好で、飛翔中、お互同士打ち合ったり、ぶつかりあったりして、閑暇をすごす」
「レクター博士自身も音楽家で、ハープシコード(ピアノの前身)を巧みに弾きこなす。ピアノはフェルトで巻いたハンマーで弦を叩く仕組みになっているが、ハープシコードは鳥の羽ではじくので、突然ジャーンと鳴るような感じだ。博士は、その音色とタッチの感触をこよなく愛している」
この鳥の羽こそ、レイブン=ワタリガラスの羽軸だ。
ワタリガラスがはじく音を、急にききたくなる。 今は合成樹脂がもちいられるので、古いハープシコードでないと、「鳥の音」はきくことができない。レコード棚からひっぱりだす。ユゲット・ドレイフェス演奏のバッハ「インベンションとシンフォニア」。
楽器は、1754年、ジャン=アンリ・エムシュ製作のハープシコード、というから文句なし。

ちょうど、ホワイトがワタリガラスのとび方を、かいていた頃(1778年)の楽器ではないか。 鳥の羽の音をきくために、バッハをきくなんてのは、初めての体験。 なんだか、ワタリガラスが羽ばたいて、音をだしている、と想像してしまう。
ワタリガラスは、ロンドン塔に17世紀からかわれ、今もかわれて名物になっている。 「ワタリガラスがいなくなるとロンドン塔が崩れ、英国が滅びる」とチャールズ2世が予言師にいわれたのがきっかけらしい。ロンドン塔といえば、監獄や処刑場につかわれた。